あなたのクリニックに通う糖尿病・高血圧の患者さん。そのうち何人が、CKDだと診断されていますか?
おそらく「数人」と答える先生が多いと思います。しかし、日本のCKD患者は推計2,000万人以上。成人の約5人に1人です。そして検査値上はCKDの基準を満たしているのに、診断コードが付与されていない患者が98%以上。つまり、あなたの目の前の患者さんにも、気づかれていないCKDが潜んでいる可能性がきわめて高い。
2026年度診療報酬改定は、この「沈黙」を破るための制度設計を本格的に動かし始めました。CKDが地域包括診療加算の対象疾患に追加され、かかりつけ医がCKDを管理することが制度的に「正しい」行為として位置づけられた。しかも同じタイミングで、腎保護薬のエビデンスは国際ガイドラインの歴史的合意に到達しています。
本記事では、制度×ガイドライン×エビデンスの三層でCKD管理の全体像を一気に整理します。
1. 数字が突きつける現実 ― 2,000万人×98%未診断
CKD診療ガイド2024(日本腎臓学会)は、日本のCKD患者数をそれまでの1,330万人から大幅に上方修正しました。現在の推計は2,000万人以上。成人人口の約2割にあたります。
2025年5月にClinical and Experimental Nephrologyに掲載されたJAMDAS解析は、検査値上CKDの基準を満たしているにもかかわらず診断コードが付与されていない患者が98%以上と報告しました。同時期のDeSCデータベース解析でも、CKDの診断率はわずか3%です。
なぜ98%が見逃されるのか ― 3つの構造的原因
第一に、「老化バイアス」です。 eGFRが60を切った高齢患者を見ても、「年齢相応ですね」と片づけてしまう臨床判断が広く存在します。CKDの定義はeGFR<60が3か月以上持続するかどうかであり、年齢による例外はありません。
第二に、「インセンティブの欠如」です。 2026年度改定以前は、CKDを主病名としてかかりつけ医が管理する制度的な評価がありませんでした。生活習慣病管理料の対象は高血圧・糖尿病・脂質異常症の3疾患であり、CKDを「発見する」動機が制度設計上弱かったのです。
第三に、「治療の諦め」です。 かつてCKDは「進行を遅らせるしかない病気」でした。RAS阻害薬以外に有効な腎保護薬がない時代には、積極的なスクリーニングのモチベーションが働きにくかった。SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬の登場でこの前提は根本から覆っています。
見逃された先にあるもの
2023年の透析導入患者数は38,764人/年。原因疾患の第1位は糖尿病性腎症で38.3%を占めます。日本の年間透析医療費は約1.6兆円。透析患者34万人が国民医療費の約3〜4%を消費しています。
厚生労働省は2028年までに新規透析導入を3.5万人以下に抑えるKPIを掲げていますが、達成には「発見されていない98%」への介入が不可欠です。
佐世保モデル ― 希望のデータ
長崎県佐世保市のCKD病診連携モデルは、地域全体でUACR(尿アルブミン/クレアチニン比)測定を徹底し、かかりつけ医と腎臓内科の紹介基準を明確化しました。結果、平成27年度から令和5年度までの間に推計66億円の医療費削減を達成しています。
1人の透析導入を回避すれば、年間約500万円の医療費が削減される。個々のクリニックのCKD管理が社会全体にインパクトを持つことを示すデータです。
2. 2026年改定が変えた「CKDの制度的地位」
2026年度改定で、CKDにとって最も重要な変更が地域包括診療加算の対象疾患への追加です。
従来の対象は高血圧・糖尿病・脂質異常症・認知症が中心でしたが、今回CKD(慢性維持透析を行っていないもの)と慢性心不全が明示的に加わりました。かかりつけ医がCKDを管理することが制度として「正しい」行為に位置づけられたことを意味します。
グローバルな潮流との一致 ― CKMシンドローム
米国心臓協会(AHA)が2023年に提唱したCKM(Cardiovascular-Kidney-Metabolic)シンドロームは、心血管・腎臓・代謝を「相互に影響し合う一つの症候群」として統合的に管理するフレームワークです。
米国糖尿病学会(ADA)の2024〜2025年Standards of Careもこの考え方を採用し、HbA1cだけでなくeGFRとUACRのモニタリング、SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬による臓器保護を治療の柱としています。
日本の2026年度改定は、このCKMフレームワークの国内実装と読めます。用語は「重症化予防」ですが、実質的な方向は同じです。
充実管理加算×6か月検査ルールとの連動
充実管理加算(30/20/10点の3段階)は、データ提出に基づく管理の質を評価する仕組みです。管理料(I)の6か月検査ルールは、eGFRを含む検査データの定期的な確認をルーチン化します。
この2つが組み合わさると、「6か月に1回は必ず採血する」→「eGFRが定期的にデータとして蓄積される」→「CKDの早期発見と経過観察が自動的に仕組み化される」。充実管理加算のためのデータ提出が、結果的にCKDスクリーニングのインフラになるのです。
Donabedianモデルで整理する
Structure(構造)=CKDを対象疾患に追加し、充実管理加算でデータ管理体制を整備。Process(過程)=6か月検査ルールでeGFRモニタリングをルーチン化し、UACR測定を促進。Outcome(結果)=2028年度改定で、eGFR低下抑制率やCKD進行率が評価指標に組み込まれる可能性。
2026年度改定は、Structure→Processの段階を制度として整えた改定です。
3. ガイドラインが示す「攻めの腎保護」 ― 3つのガイドラインの歴史的合意
2024〜2025年にかけて、CKD管理の主要3ガイドラインが相次いで更新されました。日本腎臓学会(JSN)のCKD診療ガイドライン2024、KDIGOの2024 Clinical Practice Guideline for CKD、そしてADAの2025 Standards of Careです。
SGLT2阻害薬:3ガイドラインの合意点
合意①:開始基準のeGFR≧20への統一。 3ガイドラインすべてがeGFR 20以上であれば開始可能としました。「腎機能が下がっても使える」から「腎機能が下がった患者にこそ使う」へのパラダイムシフトです。
合意②:「開始基準」と「継続基準」の分離。 eGFR≧20で開始し、その後eGFRが低下しても透析に至るまで継続することが推奨されています。「一度始めたら透析までやめない」が新しい常識になりました。
GLP-1受容体作動薬とフィネレノン:3ガイドラインの違い
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項目 |
KDIGO 2024 |
ADA 2025 |
JSN 2024 |
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SGLT2阻害薬 |
第一選択(Grade 1A) |
第一選択(Grade A) |
第一選択(推奨度1) |
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SGLT2i開始基準 |
eGFR≧20 |
eGFR≧20 |
eGFR≧20 |
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SGLT2i継続 |
透析まで継続 |
透析まで継続 |
透析まで継続 |
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GLP-1 RA |
SGLT2i不十分時の追加(1B) |
SGLT2iと並ぶ主要薬・併用推奨(A) |
高CVリスク例で重要な選択肢 |
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GLP-1 RAの位置づけ |
セカンドライン |
ピラー(併用前提) |
供給制約で慎重姿勢 |
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フィネレノン |
強く推奨(T2D+アルブミン尿) |
強く推奨(T2D+アルブミン尿) |
高K血症リスクを強調し慎重 |
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紹介基準の考え方 |
KFRE(5年リスク>3-5%) |
年1回UACR測定義務化 |
eGFR<45で腎臓内科へ紹介 |
KDIGOはGLP-1受容体作動薬をセカンドラインとし、ADAはSGLT2阻害薬と並ぶピラーとして併用を推奨しています。JSNは供給不足問題やコストから慎重姿勢ですが、心血管リスクの高い症例では重要な選択肢と評価しています。
フィネレノン(非ステロイド型MRA)は第3のピラーとなる可能性がありますが、現時点での日本の臨床実務ではSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬の2本柱が中心です。
4. 「Right Patient, Right Drug」― SGLT2阻害薬の使い分け
CKD領域の2大ランドマーク試験、EMPA-KIDNEY(エンパグリフロジン)とDAPA-CKD(ダパグリフロジン)を比較します。
試験デザインの「設計思想」の違い
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項目 |
EMPA-KIDNEY |
DAPA-CKD |
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薬剤 |
エンパグリフロジン 10mg |
ダパグリフロジン 10mg |
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対象者数 |
6,609例 |
4,304例 |
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eGFR組み入れ基準 |
20〜45、または45〜90+UACR≧200 |
25〜75+UACR 200〜5,000 |
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UACR要件 |
正常アルブミン尿を含む |
UACR 200以上に限定 |
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主要転帰HR |
0.72(28%リスク低減) |
0.61(39%リスク低減) |
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全死亡HR |
0.87(有意差なし) |
0.69(有意) |
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重要: 2つの試験は直接比較(head-to-head)ではなく、試験間のHR比較から薬効の優劣を論じることはできません。 |
設計思想の違い ― 「崖のロープ」と「坂道の杖」
DAPA-CKDはUACR 200以上の高リスク集団に限定した試験です。比喩で言えば「崖から落ちそうな患者を救うロープ」。高リスク群における介入効果を明確に証明しました。
EMPA-KIDNEYは正常アルブミン尿を含む幅広い集団を対象とした試験です。比喩で言えば「緩やかな坂道を下る患者の杖」。幅広いリスク帯の患者における包括的な腎保護を証明しました。
どちらが優れているかではなく、証明した臨床的命題が違うのです。
eGFR Slope解析 ― 「機能温存」の視点
EMPA-KIDNEYのeGFR Slope解析では、エンパグリフロジンが年間1.37 mL/min/1.73m²のeGFR低下を抑制しました。DAPA-CKDにおいてもeGFR低下速度の有意な抑制が確認されています。SGLT2阻害薬がクラスとしてeGFR Slopeを改善するエビデンスは、両試験を通じて一貫しています。
全死亡HRの違いをどう読むか
全死亡のHR差は、試験デザインの違い(Patient Mix=対象集団のリスクプロファイルの差)が最大の寄与因子です。薬剤固有の薬効差を示すものではありません。
患者プロファイル別の選択フレーム
DAPA-CKDのエビデンスが直接適用できる患者像: eGFR低値+顕性アルブミン尿(UACR≧200)+腎疾患進行リスクが高い患者。
EMPA-KIDNEYのエビデンスが直接適用できる患者像: 正常〜軽度アルブミン尿の患者、eGFR 20〜25の患者(DAPA-CKDの組み入れ基準外)、3適応症を横断的にカバーしたい場合。
いずれの試験も適用できる患者像: 顕性アルブミン尿+eGFR 25〜75の2型糖尿病患者。この領域は両試験の基準が重複しており、併用薬やコスト等の臨床的要素で判断します。
大切なのは「目の前の患者がどちらの試験の対象集団に近いか」を考えることです。
5. SGLT2→GLP-1カスケード ― 処方順序にもエビデンスがある
処方順序が予後を左右する ― Morieri研究
2026年1月、イタリア・パドヴァ大学のMorieriらがDiabetes, Obesity and Metabolism誌に発表した研究(PubMed : PMID 41480667)は、「両方使うなら、どちらを先に始めるか」という実臨床の問いに初めてデータで答えたものです。
SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬の両方を処方された2型糖尿病患者565例を、SGLT2先行群(210例)とGLP-1 RA先行群(355例)に分けて追跡(中央値4.3年)。結果、SGLT2先行群のeGFR年間低下速度が0.80 mL/min/1.73m²有意に緩やかでした(95%CI 0.23-1.37、p=0.006)。ベースラインでCKDを有する患者でこの効果はより顕著。HbA1c・体重・UACRには両群間で差がなく、腎機能温存の差は処方順序そのものに起因します。
同グループは5,700例規模の先行研究(Lancet Regional Health – Europe, 2024)でSGLT2iがGLP-1 RAより腎機能温存に優れることを報告しており、本研究はその延長線上にあります。
ただし単施設の後ろ向き観察研究であり、ランダム化比較試験で確認されたわけではない点は留意が必要です。
GLP-1受容体作動薬の腎保護エビデンス ― FLOW試験を軸に
FLOW試験(2024年)は、セマグルチドがCKDの主要複合転帰を24%低減(HR 0.76)したことを示しました。GLP-1受容体作動薬として初の腎転帰専用試験であり、2025年1月にFDAがCKD適応を承認しています。GLP-1受容体作動薬が「腎保護を目的として処方できる薬剤」として再定義された転換点です。
チルゼパチド(GIP/GLP-1デュアルアゴニスト)も注目されています。SURPASS-CVOTではデュラグルチドに対し腎複合転帰を33%低減(HR 0.67)、SUMMIT試験ではHFpEF+肥満で心不全複合転帰を38%低減(HR 0.62)と報告されています。
併用の相乗効果
2025年のメタ解析では、SGLT2阻害薬+GLP-1受容体作動薬の併用が単独使用と比較して、MACE 41%減少、心血管死65%減少、腎イベント57%減少という結果です。
処方カスケードの整理
第一段階:SGLT2阻害薬で腎保護の基盤を確立する。 eGFR≧20で開始、透析まで継続。
第二段階:心血管リスクや血糖コントロール、肥満を踏まえ、GLP-1受容体作動薬を追加する。 Morieri研究はSGLT2先行の順序が腎機能温存に有利であることを示唆。FLOW試験により腎保護目的の処方根拠も確立。
第三段階(将来):フィネレノン等の追加を個別に検討する。
6. こうすると失敗する ― 3つのアンチパターン
失敗①:eGFRだけ見てUACRを測らない
eGFRは既存の採血で自動チェックされますが、UACRは追加オーダーが必要です。CKDの早期段階ではeGFRが正常範囲内でもUACRが上昇していることがあります。
ADAの2025 Standards of Careは年1回のUACR測定を義務化しています。佐世保モデルの66億円削減の要因もUACR測定の徹底でした。UACRの測定こそがCKD早期発見のゲートキーパーです。
失敗②:「腎機能が下がったからSGLT2を止める」旧来の発想
3ガイドラインすべてが「eGFR≧20で開始、透析まで継続」を推奨しています。SGLT2阻害薬の投与開始直後のeGFR一時低下(Initial Dip)は正常な反応であり、糸球体過剰濾過の是正を反映しています。
「腎機能が下がった患者にこそ続ける」が現在のエビデンスに基づいた判断です。
失敗③:CKDを「腎臓内科の病気」と考え、自院での管理を諦める
JSNはeGFR<45で腎臓内科への紹介を推奨していますが、eGFR 45以上はかかりつけ医が管理すべき領域です。G1〜G3a(eGFR≧45)は患者数が最も多く、この段階での適切な管理が透析予防に最大のインパクトを持ちます。
2026年改定でCKDが地域包括診療加算に追加されたのは、かかりつけ医によるCKD管理を制度的に後押しするためです。
7. 収益シミュレーション ― CKD管理で何が変わるか
CKDが地域包括診療加算の対象に追加されたことで、CKDを管理疾患として算定に組み込むことが可能になりました。CKDを管理している実績が充実管理加算のデータ提出の質を高め、より上位のティアを目指す根拠になるという間接的な増収効果も見込まれます。
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重要な注記: CKD管理の増収額は告示・通知で確定する施設基準やCKDの算定フローに大きく依存します。以下は方向性を示す概算であり、確定後に精密な試算をお届けします。 |
8. 3記事統合アクションマップ
月200人の生活習慣病外来患者を管理するクリニックを想定し、3軸で年間増収を概算します。
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戦略レベル |
軸1:管理の質 (記事①) |
軸2:DX対応 (記事③) |
軸3:CKD管理 (本記事) |
年間増収概算 |
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最小限 |
充実管理加算なし |
加算3(4点) |
CKD管理に未着手 |
約26万円 |
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標準 |
充実管理加算ティア3(10点) |
加算2(9点) |
CKD患者30人を地域包括加算で管理 |
約60万円 |
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積極的 |
充実管理加算ティア1(30点) |
加算1(15点) |
CKD患者50人+眼科連携+UACR定期測定 |
約120万円超 |
CKD管理は独立した収益源ではなく、記事①の「管理の質」と記事③の「DX対応」の上に乗る三層目です。3つの軸は独立ではなく、相互に強化し合う構造になっています。
9. この改定の「その先」を読む ― 2028年に何が起こるか
ここからは筆者の私見です。
予測①:eGFR低下抑制率がアウトカム指標に組み込まれる
充実管理加算は事実上のリアルワールドデータ(RWD)収集装置です。2年分のeGFRデータが蓄積された2028年度には、eGFR年間低下速度がアウトカム指標として設定される可能性があります。回復期リハビリテーション病棟の実績指数が入院領域で先行実施しているモデルが、外来CKD管理にも適用されるシナリオです。
予測②:UACR測定の保険適用拡大
ADAが年1回のUACR測定を義務化していること、佐世保モデルの実績を考えると、2028年度に高血圧患者へのUACR測定が保険適用される可能性は十分にあります。
予測③:「クリニックの通信簿」にCKD管理実績が加わる
CKD患者のeGFR経時的変化、SGLT2阻害薬の処方率、腎臓内科への適切な紹介率などが、かかりつけ医機能報告制度と連動して評価される可能性です。
まとめ ― 次の採血オーダーから始まる
2,000万人のCKD患者のうち、98%以上が診断されていない。あなたのクリニックに通う患者さんの中に、まだ見つかっていないCKDが確実に存在するということです。
2026年度改定はCKDを「発見し、管理し、データで示す」ための制度基盤を整えました。ガイドラインはSGLT2阻害薬の歴史的合意に達し、GLP-1受容体作動薬との併用エビデンスも充実しています。
「何をすればいいか」は、実はシンプルです。
- 次の採血オーダーにeGFRとクレアチニンが含まれていることを確認する
- 可能であればUACRも追加する
- eGFR<60が3か月以上持続していたら、CKDとして管理を開始する
- SGLT2阻害薬の適応を検討する
- eGFR<45であれば腎臓内科への紹介も視野に入れる
2,000万人の沈黙を破る。それは、あなたのクリニックの次の採血オーダーから始まります。











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