PubMed URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40972017/
タイトル:Characteristics and cardio-renal outcomes in CKD patients receiving guideline-directed therapy: insights from DISCOVER CKD
<概要(意訳)>
序論(INTRODUCTION)
慢性腎臓病(CKD)は、患者の罹患率・死亡率の増加、そして医療費の高騰を伴う世界的な重大な公衆衛生上の課題です。
このため、CKDの早期発見と、疾患進行を予防または遅延させるための迅速な介入開始が極めて重要となります。
CKD管理における現状の課題
しかしながら、多くの患者が依然として最適とは言えない治療を受けているのが現状です。その背景には、複数の要因が存在します:
- 医療提供者と患者の疾患認識不足
- 必要とされるケアの複雑性の高さ
- 最適な医療へのアクセスの制限
- ガイドライン推奨医療(GDMT)の活用不足
効果的なCKD管理には、以下の包括的アプローチが不可欠です:
- 基礎疾患の予防または治療
- 腎疾患進行の抑制
- 進行性腎不全に伴う合併症の管理
- 心血管(CV)系をはじめとする他臓器系合併症への対応
ガイドライン推奨医療(GDMT)の重要性
レニン・アンジオテンシン系阻害薬(RASi)の位置づけ
レニン・アンジオテンシン系阻害薬(RASi)は、CKD患者管理の基礎的治療として確立されています。
主要なガイドラインでは、治療効果を最大化するため、最大耐用量での使用が推奨されています。
ナトリウム・グルコース共輸送体2阻害薬(SGLT2i)の新展開
現代の臨床診療ガイドラインは、SGLT2iをCKD成人患者の第一選択治療として推奨しています。
この推奨は、CKD管理または腎不全への進行予防を適応とした以下の承認に基づいています:
- カナグリフロジン:2020年承認
- ダパグリフロジン:2021年承認
臨床試験で実証されたエビデンス
第3相ランダム化比較臨床試験において、RASiとSGLT2iは以下の効果を示しています:
- 単独療法として:腎臓およびCV有害アウトカムのリスク低減
- 併用療法として:さらなる相乗的効果
- 対象患者:糖尿病の有無を問わないCKD患者
実臨床における処方実態とエビデンスギャップ
複数の研究により、CKD患者に対する第一選択治療としてのRASiおよび/またはSGLT2i(以下、GDMTと総称)の処方が次善的であることが報告されています。
既存研究の限界
しかし、これまでのデータには以下の制約がありました:
- データソースの偏り
- 請求データや電子健康記録の抽出が中心
- 実際の臨床現場の詳細が不足
- 地理的・医療環境の限定性
- 単一医療システムまたは単一国に焦点
- 地理的および医療環境の多様性が限定的
- 前向きデータの不足
国際的に代表的な患者集団におけるGDMT使用と臨床アウトカムの関連を特徴づける前向き実臨床データが不足
DISCOVER CKD研究の独自性
DISCOVER CKD(ClinicalTrials.gov識別子:NCT04034992)は、これらの課題に応えるべく設計された、ユニークな多国籍非介入コホート研究です。
研究の目的
CKDの疫学を包括的に特徴づけ、以下を含む患者の経過全体にわたる臨床アウトカムを記述します:
- 疾患進行
- 薬理学的介入
- 重要な臨床イベント
研究デザインの特徴
DISCOVER CKD研究は、後ろ向きコホートと前向きコホートの2つの構成要素から成ります:
後ろ向き期間
- 2008年1月から開始
- 180万人以上の患者データ
- 長期的な疾患経過の把握
前向き期間(本解析の基盤)
- 施設レベルで収集された現代的な前向きデータ
- 臨床アウトカムと患者報告アウトカムを含む
- 後ろ向き期間を補完する役割
本研究の目的
本報告では、DISCOVER CKD前向きコホートから2019年~2023年にかけて収集されたデータを活用し、以下の2点を明らかにします:
- CKD患者の特徴の記述
- ベースラインでのGDMT(RASiおよび/またはSGLT2i)使用状況別の患者背景
- 臨床有害アウトカムのリスク比較
- GDMT使用群と非使用群における予後の違い
- 実臨床における治療効果の検証
この研究により、ガイドラインと実臨床のギャップを明らかにし、CKD患者のアウトカム改善に向けた具体的な方策を提示することが期待されます。
材料と方法(MATERIALS AND METHODS)
DISCOVER CKD研究の完全な研究根拠と方法論は既報で詳述されています。
以下に、本解析に関連する重要事項を要約します。
研究デザインと患者選択
研究実施体制
DISCOVER CKD前向き期間の概要
- 登録期間:2019年9月~2022年6月
- 参加国:6カ国
- 参加施設:45施設
【参加国と施設数の内訳】
- イタリア:6施設
- 日本:9施設
- スペイン:9施設
- スウェーデン:4施設
- 英国:7施設
- 米国:11施設
フォローアップ期間
- 最低1年間(最大3年間まで)の追跡
患者の適格基準
組み入れ基準 患者は以下のいずれかを満たす18歳以上(日本では20歳以上)の成人:
- CKDの確定診断
- 国際疾病分類第10版(ICD-10)のCKDコードによる診断
- eGFRによる定義
- 91~730日間隔で記録された2回のeGFR測定値が<75 mL/min/1.73 m2
- 腎代替療法の記録
- 腎代替療法を伴う腎不全のICD-10コード
除外基準 以下の患者は除外されました:
- ベースライン(インデックス)時点での介入試験参加者
- 非メラノーマ皮膚がんを除く活動性がん治療中の患者
- 12ヶ月未満の予想余命を有する患者
曝露の定義
【重要】本解析における重要な定義:
- インデックス日(Index date):登録日
- 曝露(Exposure):インデックス日でのGDMT(RASiおよび/またはSGLT2i)の使用
研究期間の臨床的背景
前向き期間の研究期間は、CKD管理における重要な転換点と一致しています:
SGLT2iのCKD適応承認タイムライン
- 2020年:カナグリフロジン(腎不全進行予防適応)
- 2021年:ダパグリフロジン(CKD管理適応)
このタイミングにより、SGLT2iの臨床導入期における実臨床データを捕捉することが可能となりました。
データ収集方法
データソースと収集プロセス
データの性質
- 患者の既存健康記録からの二次臨床データ
- 標準化された電子症例報告フォームへの手動抽出・照合
データ収集完了時期
- 2023年8月に全データ収集完了
このアプローチにより、日常診療で実際に記録されている情報を基に、真の実臨床データを収集することができました。
研究アウトカム
主要目的
DISCOVER CKDの主要目的は、以下の用途に利用可能なCKD患者の多国籍縦断的コホートを構築することです:
- 一次実臨床データの生成
- 二次実臨床データの生成
データ解析の具体的目標
CKDの疫学に関する包括的洞察を提供するため、以下の側面を記述します:
- 患者特性
- 疾患進行パターン
- 臨床アウトカム
- 患者の経過の特徴
- 診療パターン
- CKDの臨床管理の実態
対象患者の包括性
実臨床の性質とCKDステージの全範囲を反映するため、DISCOVER CKD前向き期間に登録されたすべての患者を本解析に含めました。
これにより、選択バイアスを最小化し、より一般化可能な知見を得ることが可能となります。
評価項目
本解析では、最大15ヶ月のフォローアップデータを使用し、患者のベースラインGDMT使用状況に応じて以下のアウトカムを評価しました。
- ベースライン特性
患者背景
- 人口統計学的特性
- 臨床特性
- 化学的・生化学的測定値
- 複合腎アウトカム
定義:末期腎不全として以下を含む
- 透析の開始
- 腎移植の実施
- eGFR <15 mL/min/1.73 m2への到達
- 腎原因による死亡
解析対象の制限
- CKDステージ3または4の患者のみを対象
- 研究ベースライン時点で腎不全の患者は除外
この制限により、進行リスクが中等度~高度で、かつ介入による効果が期待できる患者集団に焦点を当てることができました。
追加評価項目
- 複合腎アウトカムと全死亡の複合評価
- 心血管系アウトカム(全集団対象)
複合アウトカムの構成要素 全死亡と以下の新規CVイベント:
虚血性心疾患関連
- 致死的・非致死的心筋梗塞
- 冠動脈疾患
- 狭心症
脳血管疾患関連
- 脳卒中
- 一過性脳虚血発作(TIA)
心不全・血管疾患関連
- 心不全
- 末梢動脈疾患
- 静脈血栓塞栓症
不整脈関連
- 心房細動
- 心室頻拍/心室細動
- 房室ブロック
個別構成要素の評価 上記各イベントを個別にも評価しました。
- 全原因入院(全集団対象)
入院の原因を問わず、すべての入院イベントを評価しました。
統計解析
ベースライン特性の記述
患者特性は記述統計を用いて提示しました。
交絡調整の方法
課題の認識 GDMTを受けている患者と受けていない患者のアウトカムを単純比較すると、以下の問題が生じます:
- 患者背景の違いによる交絡
- 適応バイアス(より重症の患者に治療が行われる傾向)
解決策:傾向スコア重み付け
本研究では、治療逆確率重み付け(IPTW)アプローチを採用しました。
傾向スコア(PS)の定義
- 観察された共変量を条件とした「GDMTを受ける確率」
- この確率を用いて統計的にバランスのとれた比較群を作成
欠測値への対処 関連する共変量の欠測値に対しては、多重代入法を使用しました(詳細は補足データ参照)。
調整変数 治療PSモデルには、以下3つのカテゴリーから合計32の共変量を含めました:
- 社会人口統計学的パラメータ
- 検査パラメータ
- 臨床パラメータ
(完全なリストは補足データ表S1参照)
アウトカム解析の統計手法
Time-to-eventアウトカムの解析
以下のアウトカムにはCox比例ハザードモデルを使用:
- 複合腎アウトカム
- 全死亡と新規CVイベントの複合
イベント率アウトカムの解析
全原因入院には負の二項回帰モデルを使用しました。
結果の提示 臨床アウトカムのイベント率は以下の形式で提示:
- 100人年あたりの率
- 対応するハザード比(HR)または率比
- 95%信頼区間(CI)
センサリングの扱い
Time-to-eventアウトカム解析では、以下の時点で患者を打ち切りとしました:
- 15ヶ月時点で生存
- 最終接触時点で生存
- いずれか早い方
治療開始の扱い
ベースラインでGDMTを使用していなかった患者が、フォローアップ中に治療を開始した場合:
- 解析では引き続きGDMT非使用群として扱いました
- これは「Intention-to-treat」に類似したアプローチ
- ただし、該当者は少数(n=47、4.5%)
このアプローチにより、治療開始時の効果(ベースライン効果)を評価できます。
統計的有意水準
特に指定のない限り、以下の設定を使用:
- 両側95% CIを使用
- 5%アルファレベル(両側)で検定
- 重み付けなし解析とPS重み付け解析の両方を実施
使用ソフトウェア
すべての解析はSAS 9.4 M6を使用して実施しました。
倫理的配慮
倫理原則の遵守
本研究は、以下の国際的な倫理原則と規制に従って実施されました:
- ヘルシンキ宣言
- 医薬品の臨床試験の実施の基準に関する国際協議会(ICH)ガイドライン
- 医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)
- 各国の非介入研究および観察研究に関する適用法規
倫理審査
中央倫理審査 以下の承認を取得:
- イタリア:承認番号711/19
- 英国:REC No. 19/YH/0357
- スウェーデン:DNR 2019-05355
- スペイン:承認番号2021/342
- 米国:Pro00036594
地域倫理審査
- 日本:各施設の倫理委員会で個別承認
(研究施設とそれぞれの倫理委員会の完全なリストは、補足データ表S2参照)
インフォームドコンセント
すべての患者から書面によるインフォームドコンセントを取得しました。
結果(RESULTS)
ベースライン患者背景と臨床特性
全体的な患者集団の特徴
DISCOVER CKD前向き期間には、合計1,052名の患者が登録されました。
GDMT使用状況の全体像
ベースラインでのGDMT使用率
全患者の61.1%(643名)がGDMTを受けていました:
【GDMT使用の内訳】
- RASiのみ:496名(47.1%)
- SGLT2iのみ:25名(2.4%)
- RASiとSGLT2iの両方:122名(11.6%)
GDMT非使用:409名(38.9%)
GDMT使用の詳細
ベースライン前のGDMT使用薬剤
GDMT群(n=643)における具体的な薬剤使用:
- アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEi):252名(39.2%)
- アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB):385名(59.9%)
- SGLT2i:149名(23.2%)
ARBがACEiより多く使用されている点は、忍容性の観点から日本の臨床実践とも一致しています。
フォローアップ中のGDMT開始
インデックス時GDMT非使用群からの治療開始
GDMT非使用群の47名(4.5%)が、研究フォローアップ中に以下の治療を開始:
- ACEi:16名(1.5%)
- ARB:26名(2.5%)
- SGLT2i:7名(0.7%)
この比較的少数の治療開始は、実臨床における治療慣性(therapeutic inertia)を反映している可能性があります。
患者背景の詳細(表1)
基本的な人口統計学的特性
年齢
- GDMT群:平均62.4(標準偏差13.0)歳
- GDMT非使用群:平均62.7(標準偏差14.6)歳
- → 両群で年齢分布はほぼ同等
性別分布
- GDMT群:女性34.4%
- GDMT非使用群:女性40.8%
- → GDMT群で男性の割合がやや高い
人種構成
- GDMT群:白人63.6%、アジア系25.5%、黒人3.4%
- GDMT非使用群:白人57.5%、アジア系17.4%、黒人13.9%
- → 人種によるGDMT使用に格差が存在
国別のGDMT使用率の大きな格差
【重要な知見】国によってGDMT使用率に著しい差がありました:
高使用率国
- スペイン:82.2%
- スウェーデン:82.2%
- 日本:71.3%
- イタリア:68.3%
低使用率国
- 英国:51.9%
- 米国:42.7%(最低)
この格差は、医療制度、ガイドラインの普及度、薬剤へのアクセス、医療文化の違いを反映している可能性があります。
体格指標
BMI(体格指数)
- GDMT群:平均30.4(標準偏差7.4)kg/m2
- GDMT非使用群:平均29.4(標準偏差7.5)kg/m2
- → 両群でほぼ同等、ただし欠測が多い(37.4%)
CKDステージ分布と透析状況
CKDステージ別患者割合
|
CKDステージ |
全体 (N=1,052) |
GDMT群 (N=643) |
非GDMT群 (N=409) |
|
ステージ2 |
8.3% |
9.5% |
6.4% |
|
ステージ3a |
31.6% |
34.5% |
26.9% |
|
ステージ3b |
29.3% |
32.2% |
24.7% |
|
ステージ4 |
17.5% |
14.9% |
21.5% |
|
ステージ5 |
13.4% |
8.9% |
20.5% |
【重要な臨床的知見】
- CKDステージが進行するほど、GDMT使用率が低下
- ステージ5では、GDMT使用率がわずか8.9%
- これは進行CKDにおける高カリウム血症や低血圧のリスクへの懸念を反映している可能性
透析施行状況
- 全体:8.4%が継続的透析を受けている
- GDMT群:3.6%
- 非GDMT群:15.9%
CKD病因
最も多い病因(GDMT群 vs 非GDMT群)
- 2型糖尿病性腎症:27.1% vs 17.6%
- 虚血性/高血圧性腎症:18.2% vs 20.5%
- IgA腎症:7.9% vs 3.7%
- 多発性嚢胞腎:5.9% vs 3.2%
- 原因不明:11.2% vs 28.1%
【臨床的解釈】
- GDMT群で糖尿病性腎症の割合が高い→糖尿病管理の一環としてのGDMT使用
- 非GDMT群で原因不明が多い→診断が不明確な場合、治療導入が遅れる可能性
登録医師の専門科
専門科別分布
- 腎臓内科:79.5%(最多)
- 一般診療科:6.0%
- 循環器内科:2.4%
- その他:12.2%
この分布は、本研究が主に腎臓専門医によるCKD管理を反映していることを示しています。
併存疾患の詳細
主要な併存疾患の有病率(GDMT群 vs 非GDMT群)
|
疾患 |
GDMT群 (N=643) |
非GDMT群 (N=409) |
差 |
|
高血圧 |
85.4% |
52.1% |
+33.3% |
|
2型糖尿病 |
45.3% |
31.3% |
+14.0% |
|
脂質異常症 |
45.1% |
25.4% |
+19.7% |
|
貧血 |
30.9% |
36.9% |
-6.0% |
|
高カリウム血症 |
13.4% |
11.2% |
+2.2% |
|
心筋梗塞 |
9.6% |
11.7% |
-2.1% |
【重要な臨床的考察】
- GDMT群で併存疾患が多い理由
- 高血圧・糖尿病患者ではGDMTが標準治療
- より積極的な医療管理を受けている患者群
- 「適応による交絡(confounding by indication)」の可能性
- 貧血の有病率
- 非GDMT群でやや高い傾向
- 腎機能がより低下している患者群を反映
- 高併存疾患負荷と多剤併用
- GDMT群では高い併用薬使用率(補足データ図S1参照)
- ポリファーマシーのリスクにも注意が必要
臨床検査値の比較(表2)
血圧値
収縮期血圧
- GDMT群:中央値134.0(四分位範囲122.0-147.0)mmHg
- 非GDMT群:中央値133.0(四分位範囲120.0-147.0)mmHg
- → 両群でほぼ同等
拡張期血圧
- GDMT群:中央値77.5(四分位範囲70.0-85.0)mmHg
- 非GDMT群:中央値76.0(四分位範囲69.0-84.0)mmHg
- → 両群でほぼ同等
GDMTによる過度の降圧は認めず、両群とも適切な血圧コントロール範囲内です。
腎機能指標
eGFR
- GDMT群:中央値40.9(四分位範囲29.2-52.5)mL/min/1.73 m2
- 非GDMT群:中央値33.7(四分位範囲17.6-50.6)mL/min/1.73 m2
- → GDMT群で腎機能がより良好に保たれている
尿中アルブミン・クレアチニン比(UACR)
- GDMT群:中央値111.4(四分位範囲17.2-592.7)mg/g
- 非GDMT群:中央値78.7(四分位範囲15.0-434.9)mg/g
- → GDMT群でアルブミン尿がやや高い傾向
【臨床的解釈】
- eGFRが比較的保たれている患者でGDMT使用が多い
- UACR測定率が低い(測定データ欠測74.6%)
- UACR測定の普及が、適切なCKDリスク評価とGDMT導入に重要
血液学的指標
ヘモグロビン値
- GDMT群:中央値132.0(四分位範囲118.5-145.0)g/L
- 非GDMT群:中央値124.0(四分位範囲113.0-140.0)g/L
- → GDMT群で有意に高値
貧血がより軽度な患者でGDMT使用が多い傾向があり、進行したCKD患者へのGDMT導入障壁を示唆しています。
電解質
カリウム値
- GDMT群:中央値4.5(四分位範囲4.2-4.8)mmol/L
- 非GDMT群:中央値4.4(四分位範囲4.1-4.8)mmol/L
- → 両群でほぼ同等、高カリウム血症の頻度は低い
GDMT使用により臨床的に問題となる高カリウム血症の増加は認められませんでした。
脂質・糖代謝指標
HbA1c
- GDMT群:中央値6.5%(四分位範囲5.9-7.6%)
- 非GDMT群:中央値6.2%(四分位範囲5.7-6.9%)
- → GDMT群でやや高値(糖尿病患者が多いため)
LDL/HDL比
- 両群で大きな差なし
- ただし欠測が多い(55.3%)
傾向スコア重み付け後のバランス評価
共変量バランスの改善
PS重み付け後、Love plots評価により、2群間の共変量バランスが適切であることが確認されました(補足データ図S2参照)。
IPTW後も標準化平均差(SMD)>0.1の変数
- 脳卒中
- 呼吸器疾患
- 雇用状況(退職)
- 国(英国)
これらの変数については、完全なバランス達成は困難でしたが、主要な交絡因子は適切に調整されています。
PS重み付け後の患者特性(表3)
重み付け後、両群の患者背景がより類似した集団となり、因果推論に適した比較が可能となりました。
主要な特性の比較(PS重み付け後)
- 年齢:GDMT群62.7歳 vs 非GDMT群62.9歳
- 女性割合:35.6% vs 36.7%
- 白人割合:62.4% vs 57.4%
- CKDステージ分布もより均等化
PS重み付け後の臨床検査値(表4)
重み付け後も、以下の傾向は維持されました:
- eGFR:GDMT群でやや高い傾向
- ヘモグロビン:両群でほぼ同等
- カリウム値:臨床的に問題となる差はなし
これらの結果は、交絡調整後も、GDMT使用患者の選択に一定のパターンがあることを示唆しています。
つまり、腎機能が比較的保たれている段階での早期介入が重要です。
【実践的理解のためのQ&A】
Q1: なぜ重み付け後は統計的有意性が弱くなることがあるのか?
A:
- 重み付けにより「実質的なサンプルサイズ」が減少
- 一部の患者の重みが大きくなり、推定値の不確実性が増加
- 信頼区間が広くなる
- これは統計的に正しい処理の結果
Q2: 重み付けなしで有意だが、重み付け後に非有意になった場合、効果はないのか?
A: いいえ、そうとは限りません
- 例:全死亡と新規CVイベント(HR 0.50、P=0.08)
- 50%のリスク減少は臨床的に重要
- P=0.08は「効果がない」ではなく「検出力不足」の可能性
- より大規模な研究で有意になる可能性
Q3: 傾向スコアで調整しても、完全な因果推論はできないのか?
A: その通りです
- 測定された交絡因子のみ調整可能
- 測定されていない交絡因子(例:患者の健康意識、社会経済状態の詳細)は調整不可
- 観察研究の本質的限界
- だからこそ、複数の研究で一貫した結果が重要
フォローアップ中の臨床アウトカム
- 複合腎アウトカム(CKDステージ3~4患者)
対象患者
- CKDステージ3または4の患者のみを解析
- 研究開始時点で腎不全の患者は除外
アウトカムの定義(再掲)
- 透析の開始
- 腎移植の実施
- eGFR <15 mL/min/1.73 m2への到達
- 腎原因による死亡
イベント発生率の比較
重み付けなし解析
|
群 |
イベント数/ 対象者 |
イベント率 (per 100人年) |
ハザード比 (95% CI) |
P値 |
|
GDMT群 |
25/525 |
4.8% |
0.40 (0.23-0.69) |
< 0.001 |
|
非GDMT群 |
28/299 |
9.4% |
— |
— |
PS重み付け解析
|
群 |
イベント数 |
イベント率 (per 100人年) |
ハザード比 (95% CI) |
P値 |
|
GDMT群 |
22/476 (4.7%) |
5.89 |
0.48 (0.27-0.84) |
0.010 |
|
非GDMT群 |
28/307 (9.0%) |
12.22 |
— |
【重要な臨床的知見】
- リスク減少の大きさ
- GDMT使用により、複合腎アウトカムのリスクが52%減少(HR 0.48)
- 絶対リスク減少:約6.3イベント/100人年
- NNT(治療必要数):約16人を1年間治療すると1イベント予防
- 統計的有意性
- 重み付けなし・重み付けあり両解析で統計的に有意
- 交絡調整後も効果が保持される頑健な結果
- 臨床的意義
- この効果は、主要なランダム化比較試験(DAPA-CKD、EMPA-KIDNEY等)の結果と一致
- 実臨床でもガイドラインのエビデンスが再現されることを示す
Kaplan-Meier曲線の解釈(図1)

Nephrol Dial Transplant. 2025 Sep 16:gfaf175.
【図1:CKDステージ3~4患者における複合腎アウトカムまでの時間】
曲線の特徴
- GDMT群(青線)と非GDMT群(赤線)の明確な分離
- 分離開始時期:約6ヶ月から
- その後、フォローアップ期間を通じて差が持続
臨床的に重要なポイント
- 効果発現時期の早さ
- ランダム化比較試験では通常12ヶ月後から効果が明確化
- 本研究では6ヶ月から効果が顕在化
- より多様な患者集団での早期効果を示唆
- 効果の持続性
- 15ヶ月のフォローアップ期間中、一貫して効果が維持
- 長期的な腎保護効果の期待
- 患者への説明に有用
- 「治療開始後6ヶ月程度で効果が期待できる」
- 治療継続の動機付けに活用可能
この結果は、CKDステージ3~4の段階で、できるだけ早期にGDMTを導入することの重要性を強く支持しています。
透析導入を遅らせ、QOLを維持するための重要な戦略です。
複合腎アウトカムまたは全死亡
CKDステージ3または4の患者において、腎アウトカムまたは全死亡の複合評価でも、GDMT群で有意なリスク低減が認められました:
- ハザード比:0.53(95%CI: 0.31-0.89)
- P=0.017
- リスク減少:47%
この結果は、GDMTが腎保護のみならず、生命予後改善にも寄与する可能性を示唆しています。
- 全死亡と新規CVイベントの複合アウトカム
重み付けなし解析
|
群 |
イベント数/対象者 |
イベント率 (per 100人年) |
ハザード比 (95% CI) |
P値 |
|
GDMT群 |
14/643 |
2.2% |
0.33 (0.17-0.64) |
0.001 |
|
非GDMT群 |
24/409 |
5.9% |
— |
— |
重み付けなし解析では、GDMT群で67%のリスク減少が認められ、統計的に有意でした。
PS重み付け解析
|
群 |
イベント数 |
イベント率 |
ハザード比 |
95%CI |
P値 |
|
GDMT群 |
12/607 (1.9%) |
2.33/100 人年 |
0.50 |
||
|
非GDMT群 |
15/404 (3.7%) |
4.78/100 人年 |
0.23-1.09 |
P=0.08 |
【重要な解釈】
- 統計的有意性の境界線
- PS重み付け後、P=0.08で統計的有意水準には到達せず
- しかし、ハザード比0.50(50%リスク減少)は臨床的に意義のある大きさ
- 統計的有意性に達しなかった理由
- イベント数が限定的(GDMT群12件、非GDMT群15件)
- フォローアップ期間が15ヶ月と比較的短い
- 信頼区間が広い(0.23~1.09)で、1を含む
- 傾向としての解釈
- 50%のリスク減少傾向は臨床的に重要
- より長期のフォローアップやより大規模な研究では有意差が検出される可能性
Kaplan-Meier曲線の解釈(図2)

Nephrol Dial Transplant. 2025 Sep 16:gfaf175.
【図2:全死亡または新規CVイベントの複合エンドポイントまでの時間】
曲線の特徴
- GDMT群(青線)と非GDMT群(赤線)の視覚的な分離
- しかし統計的には有意差なし(P=0.08)
臨床的考察
- 効果量の大きさ
- HR 0.50は臨床的に意義のある効果
- 「統計的有意性」と「臨床的意義」は別の概念
- 検出力の問題
- イベント数が少ないことが主な要因
- Type II error(偽陰性)の可能性
- 腎アウトカムとの違い
- 腎アウトカムでは明確な有意差
- CV アウトカムの改善には、より長期の観察が必要な可能性
CV保護効果については、さらなるエビデンスの蓄積が必要ですが、腎保護効果は明確です。CKD患者へのGDMT導入の主な根拠は、まず腎保護にあると言えます。
- CVイベント(個別評価)
重み付けなし解析
- GDMT群:12/643(1.9%)、2.21/100人年
- 非GDMT群:13/409(3.2%)、4.56/100人年
- ハザード比:0.51(95%CI: 0.23-1.12)、P=0.09
PS重み付け解析
- GDMT群:10/607(1.6%)、1.96/100人年
- 非GDMT群:9/404(2.2%)、2.82/100人年
- ハザード比:0.69(95%CI: 0.80-1.74)、P=0.441
両解析とも統計的に有意ではありませんでした。
CVイベントの種類別詳細は補足データ表S3に記載されています。
- 全死亡(個別評価)
重み付けなし解析
- GDMT群:7/643(1.1%)、1.28/100人年
- 非GDMT群:17/409(4.2%)、5.88/100人年
- ハザード比:0.24(95%CI: 0.09-0.55)、P=0.001
- → 統計的に有意に低い
PS重み付け解析
- GDMT群:6/607(0.9%)、1.10/100人年
- 非GDMT群:9/404(2.4%)、3.04/100人年
- ハザード比:0.37(95%CI: 0.13-1.08)、P=0.068
- → 統計的有意性には達せず
【臨床的考察】
- 重み付けなし解析では76%のリスク減少で有意
- PS重み付け後は63%のリスク減少傾向(P=0.068)
- 死亡数が少ないため、検出力が限定的
- 全原因入院
重み付けなし解析
|
群 |
イベント患者/対象者 |
入院率 (%) |
率比 |
100人年あたり |
95%CI |
P値 |
|
GDMT群 |
96/533 |
18.0% |
0.57 |
38.73 |
P=0.008 |
|
|
非GDMT群 |
70/272 |
25.7% |
67.80 |
0.38-0.87 |
重み付けなし解析では、GDMT群で入院率が43%低下し、統計的に有意でした。
PS重み付け解析
|
群 |
イベント患者 |
入院率 |
率比 |
100人年あたり |
95%CI |
P値 |
|
GDMT群 |
90/487 (18.6%) |
43.11 |
0.78 |
43.11/100人年 |
P=0.216 |
|
|
非GDMT群 |
68/293 (23.2%) |
55.47 |
55.47/100人年 |
0.52-1.16 |
【重要な解釈】
- 交絡調整の影響
- 重み付けなしでは有意だが、重み付け後は非有意
- GDMT使用患者の背景因子(併存疾患の多さ等)が入院リスクに影響
- 臨床的傾向
- 率比0.78(22%減少傾向)は、臨床的には意味のある差
- より大規模な研究では有意差が出る可能性
- 医療経済的視点
- 入院率の減少傾向は、医療コスト削減の可能性を示唆
- QOL改善にも寄与する可能性
【表5:アウトカム一覧表の統合的解釈】

Nephrol Dial Transplant. 2025 Sep 16:gfaf175.
表5は、すべてのアウトカムを一覧で比較しています。
明確に有意な効果が示されたアウトカム
- ✅ 複合腎アウトカム(CKDステージ3~4)
- PS重み付けHR 0.48、P=0.010
- 最も強固なエビデンス
- ✅ 複合腎アウトカムまたは全死亡
- HR 0.53、P=0.017
有意差に達しなかったが臨床的に重要な傾向
- ⚠️ 全死亡と新規CVイベントの複合
- PS重み付けHR 0.50、P=0.08
- 50%リスク減少傾向
- ⚠️ 全原因入院
-
- PS重み付け率比0.78、P=0.216
- 22%減少傾向
【実践への統合的メッセージ】
- 第一の根拠:腎保護
- GDMTの腎保護効果は明確で疑いなし
- CKDステージ3~4での早期導入が重要
- 第二の期待:心血管保護と生命予後
- 明確な効果の傾向はあるが、さらなるエビデンス蓄積が必要
- より長期の観察で効果が顕在化する可能性
- 総合的判断
- 少なくとも腎保護の観点から、CKD患者へのGDMT導入は強く推奨される
- 他のベネフィット(CV保護、入院減少)も期待できる
- デメリット(有害事象)が大きくない限り、積極的導入を検討すべき
考察(DISCUSSION)
本研究では、DISCOVER CKD研究から2019年~2023年にかけて前向きに収集された日常臨床データを活用し、CKD患者の特性とGDMT(RASiおよび/またはSGLT2i)使用と臨床有害アウトカムのリスクとの関連を記述・比較しました。
主要な知見
- GDMT使用率の国際的な格差
使用率の大きなばらつき
我々は、国によってGDMTの使用に大きな変動があることを見出しました:
- 最低:米国 43%
- 最高:スペイン・スウェーデン 82%
- 範囲:43~82%(約2倍の差)
【重要な考察】 この格差は、複数の要因を反映している可能性があります:
- 医療制度の違い
- 保険償還制度
- 薬剤アクセスの容易さ
- 医療費負担の構造
- ガイドラインの普及度
- 診療ガイドラインの更新頻度
- 教育プログラムの充実度
- エビデンスの浸透速度
- 医療文化の違い
- 薬物療法に対する姿勢
- 積極的治療介入の文化
- 専門医へのアクセス
- GDMT使用患者の特徴
患者背景の偏り
GDMT を受けている患者は、以下の特徴を有する傾向がありました:
- 男性に多い
- 白人に多い
- 併存疾患がより多い
【他研究との整合性】
我々の知見は、CKD患者におけるGDMT使用に関する既報と一致しています:
RASi処方の傾向
- 若年患者で多い
- 男性で多い
- 白人で多い
- 併存疾患を有する患者で多い
- 米国以外の国で使用率が高い
SGLT2i処方の傾向
- 若年男性で多い
- すでにRASi療法を受けている患者で多い
【重要な問題提起】
これらの知見は、GDMTの普及における人種的および性別による格差を示唆しています。これは医療の公平性の観点から、早急に対処すべき課題です。
- GDMT普及への障壁と対策
現状の課題
GDMTへの不平等なアクセスに対抗するため、ケアの障壁を回避する新しい戦略の開発は、地域ベースのCKD診療における改善の重要な機会を表しています。
アルブミン尿評価の重要性
本研究の重要な発見の一つとして、アルブミン尿を有する患者がわずか**5.9%**しか記録されていない点が挙げられます。
【臨床的解釈】
- これは実際のアルブミン尿有病率を反映していない
- UACR検査率が低いことが主因
- 測定データの欠測率:74.6%
【実践ポイント:UACR測定の推進】
- なぜUACR測定が重要か
- 最適なCKDリスク層別化に必須
- GDMT適応判断の根拠
- 治療効果モニタリングに有用
- UACR測定を増やす方策
- 定期検査への組み込み
- 電子カルテでのリマインダー設定
- 患者教育の充実
- 検査の保険適用拡大
- 期待される効果
- 医療専門家のGDMT開始動機の向上
- より適切な患者選択
- 治療効果の客観的評価
RASiとSGLT2iの心腎保護効果:臨床試験から実臨床へ
ランダム化比較試験で確立されたエビデンス
RASiとSGLT2iの心腎保護効果は、以下の重要なランダム化臨床試験で実証されています:
RASi関連試験
- RENAAL試験(ロサルタン)
- IDNT試験(イルベサルタン)
- その他多数のACEi/ARB試験
SGLT2i関連試験
- DAPA-CKD試験(ダパグリフロジン)
- CREDENCE試験(カナグリフロジン)
- EMPA-KIDNEY試験(エンパグリフロジン)
これらのエビデンスの蓄積により、両薬剤は国際的なエビデンスに基づく診療ガイドラインに組み込まれました。
実臨床エビデンスの重要性
臨床試験と実臨床のギャップ
臨床試験データを実臨床データで補完することの重要性が、ますます認識されています:
- 実臨床データの利点
- より多様な患者集団を反映
- 実際の処方パターンを把握
- 長期的なアウトカムの追跡
- 医療政策立案に直接的な示唆
- 医療意思決定への貢献
- ガイドライン策定への情報提供
- 臨床実践の質向上
- 医療資源の最適配分
本研究の主要な知見:実臨床でのGDMT効果
腎保護効果の実証
【重要な成果】 我々の多国籍CKD患者集団において、ランダム化比較試験の知見と同様に、GDMTを受けている患者は複合腎アウトカムのリスクが52%低下しました(HR 0.48、95%CI 0.27-0.84、P=0.010)。
複合腎アウトカムの構成
- 透析の開始
- 腎移植の実施
- eGFR <15 mL/min/1.73 m2
- 腎原因による死亡
【新知見】効果発現時期の早さ
本研究の特徴的な発見
Kaplan-Meier生存曲線において、GDMT群と非GDMT群の差は約6ヶ月から観察されました。
従来のRCTとの比較
|
研究タイプ |
効果発現時期 |
特徴 |
|
RASiのRCT |
約12ヶ月後 |
厳格な組み入れ基準 |
|
SGLT2iのRCT |
約12ヶ月後 |
均質な患者集団 |
|
本研究(実臨床) |
約6ヶ月 |
多様な患者集団 |
早期効果発現の可能性のある理由
- 患者集団の多様性
- より幅広いリスクプロファイル
- 様々な併存疾患を持つ患者を含む
- より実臨床を反映
- 治療強度の違い
- 実臨床では複数の介入が同時に行われる
- 生活習慣指導なども並行実施
- イベント定義の違い
- 実臨床では早期のeGFR低下も捕捉可能
【実践への示唆】 この知見は、患者へのカウンセリングに非常に有用です:
- 「治療開始後、早ければ6ヶ月程度で効果が期待できます」
- 治療継続の動機付けに活用可能
- 短期的なフォローアップの重要性
心血管アウトカムと入院率:追加的知見
心血管保護効果
全死亡と新規CVイベントの複合アウトカムについて:
重み付けなし解析
- ハザード比:0.33(95%CI 0.17-0.64)
- P=0.001で統計的に有意
- 67%のリスク減少
PS重み付け解析
- ハザード比:0.50(95%CI 0.23-1.09)
- P=0.08で統計的に有意ではない
- しかし50%のリスク減少傾向
【解釈上の重要ポイント】
- 統計的有意性と臨床的意義の区別
- P=0.08は「効果がない」ことを意味しない
- 50%のリスク減少は臨床的に極めて重要な大きさ
- 検出力不足(イベント数の少なさ)が主因
- 効果の方向性
- ハザード比は一貫してGDMT群に有利
- 信頼区間が広いが、大きな有害効果の可能性は低い
全原因入院率
重み付けなし解析
- 率比:0.57、P=0.008で有意
- 43%の入院率減少
PS重み付け解析
- 率比:0.78、P=0.216で非有意
- しかし22%の減少傾向
【臨床的および医療経済的意義】
- 患者のQOL向上
- 入院回数の減少は生活の質に直結
- 身体的・精神的負担の軽減
- 医療経済的インパクト
- 入院は医療費の大きな部分を占める
- 22%の減少でも経済的意義は大きい
- 費用対効果の観点からもGDMT使用を支持
- さらなる研究の必要性
- より長期のフォローアップ
- 入院原因の詳細な分析
- 医療経済評価の実施
本研究の強み
本研究には、以下の重要な強みがあります:
- 患者集団の多様性
人種的多様性
- 白人:61.2%
- アジア系:22.3%
- 黒人:7.5%
- その他:11.0%
地理的多様性
- 6カ国45施設
- 異なる医療システムを含む
- 様々な医療文化を反映
臨床的多様性
- CKDステージ2~5を含む
- 透析患者も含む(8.4%)
- 多様な併存疾患
【意義】 この多様性により、研究結果の一般化可能性が高まります。
- 前向きデータ収集
前向き研究の利点
- 標準化されたデータ収集
- 質の高い臨床情報
- 患者報告アウトカムの収集可能
- 因果推論により適した研究デザイン
- 包括的な変数収集
収集された変数の範囲
- 社会人口統計学的要因
- 詳細な臨床検査値
- 併存疾患情報
- 薬物療法の詳細
- 臨床アウトカム
これにより、強固な交絡調整が可能となりました。
本研究の限界
研究の限界を正直に認識し、結果の解釈に反映させることが重要です。
- フォローアップ期間の短さ
制約
- 全体のフォローアップは15ヶ月に限定
- 15ヶ月を超えてフォローアップされた患者が非常に少数
影響
- 長期的な治療効果の評価が困難
- 遅発性の有害事象の捕捉が不十分
- 晩期のアウトカム(末期腎不全、死亡)のイベント数が限定的
【示唆】 より長期のフォローアップを含む研究が、GDMTの長期効果をさらに実証するために必要です。
- イベント判定の限界
未実施の項目
- 入院または死亡イベントの原因判定なし
- イベント判定委員会による中央判定なし
影響
- アウトカムの分類に一定の不確実性
- 原因特異的な解析が困難
- 統計的検出力の限界
イベント数の少なさ
- 一部のアウトカムでイベント数が少ない
- 特にCV イベント、死亡イベント
結果への影響
- 統計的有意性に達しない結果
- 信頼区間が広い
- Type II error(偽陰性)のリスク
【示唆】
- より大規模な患者集団
- より長いフォローアップ期間 を含む研究が必要です。
- GDMTの定義に関する限界
本研究でのGDMT
- RASiおよび/またはSGLT2iを含む
- 各薬剤の単独使用も含まれる
時代的背景
- 研究期間(2019-2023)は、SGLT2iのCKD適応承認初期と一致
- SGLT2i単独使用は、血糖降下薬としての使用の可能性
現在のガイドラインとのギャップ
【重要】KDIGO 2024 CKD診療ガイドラインによれば:
- RASiまたはSGLT2i単独の使用は、次善のGDMT
- 最適なGDMTは、RASiとSGLT2iの併用
本研究での併用率
- RASiとSGLT2i両方:122名(11.6%)
- 現在の基準からは改善の余地が大きい
- 新規治療薬の不含
データ収集期間の制約 2023年までのデータ収集のため、以下の治療薬を捕捉できませんでした:
フィネレノン(非ステロイド型MRA)
- FIDELIO-DKD試験とFIGARO-DKD試験で有効性実証
- 2型糖尿病を伴うCKD患者の疾患進行とCVイベントを減少
- 承認:2021年以降(国により異なる)
GLP-1受容体作動薬(特にセマグルチド)
- FLOW試験(2024年発表)でCKD進行抑制を実証
- CVイベントのリスクも減少
- CKD診療における重要性が増大
【今後の方向性】 これらの新規治療を含む、より現代的なCKD治療レジメンの効果を検証する追加研究が必要です。
- 治療開始時期の扱い
解析上の制約
- 患者はベースライン記録に基づいてGDMT群/非GDMT群に割り付け
- 時間変動曝露アプローチは不採用
該当患者
- ベースラインで非GDMT群→フォローアップ中にGDMT開始
- 該当者:47名(4.5%)
- これらの患者は非GDMT群に維持
影響
- 真の治療効果をやや過小評価している可能性
- ただし、該当者が少数のため影響は限定的
- 欠測データ
主な欠測変数
- eGFR:8.3%
- CKD病因:17.8%が不明
- UACR:74.6%が欠測
- BMI:37.4%が欠測
対処法と限界
- 多重代入法を可能な限り使用
- しかし、欠測の程度が大きい変数では不確実性が残る
潜在的影響
- バイアスの導入の可能性
- 結果の一般化可能性への影響
【特に問題なのはUACR】
- 74.6%という高い欠測率
- CKDリスク層別化に重要な指標
- 実臨床でのUACR測定の重要性を再認識
- 残存交絡の可能性
傾向スコア法の限界
- 観察された共変量のみで調整
- 測定されていない交絡因子の影響は除外できない
潜在的な未測定交絡因子
- 患者のヘルスリテラシー
- 社会経済的地位の詳細
- 医療へのアクセス
- 患者の治療へのアドヒアランス
- 医師の治療方針や経験
【解釈上の注意】 観察研究の本質的限界であり、因果関係の確定には限界があることを認識すべきです。
- 一般化可能性の限界
対象国の限定
- 高所得国のみを含む(6カ国)
- 低・中所得国のデータなし
影響
- 医療資源が限られた地域への一般化は慎重に
- 医療システムが大きく異なる国への適用に注意
研究結果の総括と臨床的意義
主要なメッセージ
本研究は、実臨床診療で収集された前向きデータを活用した多国籍現代CKDコホートにおいて、以下を明らかにしました:
- GDMT実施における大きなギャップ
- 全体使用率:61.1%
- 国別で43~82%の格差
- 女性、非白人民族での使用率が低い
- GDMT使用の腎保護効果
- CKDステージ3~4患者で腎イベント52%減少
- 統計的に有意で、臨床的にも重要な効果
- 心血管アウトカムの傾向
- 死亡率・CVイベントで一貫した改善傾向
- より長期の研究で有意差が示される可能性
臨床実践への示唆
【実践ポイント1:早期介入の重要性】
GDMTの適時開始により、CKD患者のアウトカム改善の必要性と機会が存在します:
- 開始時期
- CKDステージ3の段階から
- eGFRが比較的保たれている時期
- アルブミン尿が認められた時点
- 期待される効果
- 透析導入の遅延
- 腎機能低下速度の抑制
- CV イベントリスクの可能性のある減少
- QOLの維持・改善
【実践ポイント2:治療格差の是正】
以下の患者群でのGDMT使用を積極的に推進すべきです:
- 女性患者
- 非白人患者
- 進行したCKDステージの患者(ただし慎重に)
【実践ポイント3:UACR測定の推進】
適切なCKDリスク層別化とGDMT適応判断のため:
- 定期的なUACR測定の実施
- 測定結果に基づく治療戦略の決定
- 患者・医療従事者への教育
【実践ポイント4:併用療法の推進】
KDIGO 2024ガイドラインに沿って:
- RASiとSGLT2iの併用を標準とする
- 単剤使用から併用へのステップアップ
- 新規CKD診断時からの併用開始の検討
【実践ポイント5:多職種連携】
効果的なCKD管理には:
- 腎臓専門医と一般医の連携
- 薬剤師による服薬指導
- 栄養士による食事指導
- 看護師による患者教育
- チームアプローチの構築
今後の研究の方向性
- より長期のフォローアップ研究
- 5年以上の観察期間
- 末期腎不全、死亡などの hard endpoint
- 新規治療薬を含む研究
- フィネレノン
- GLP-1受容体作動薬
- 多剤併用療法の効果
- 治療格差の原因究明と対策
- なぜ格差が生じるのか
- どうすれば是正できるのか
- 実装科学の応用
- 医療経済評価
- GDMTの費用対効果
- 入院費用削減の定量化
- 医療システムへの影響
- 低・中所得国での研究
- グローバルヘルスの視点
- 医療資源が限られた環境での実施可能性
最終的な結論(CONCLUSION)
【重要なメッセージ】
実臨床診療における多国籍前向きコホート研究から、以下の重要な知見が得られました:
- GDMTの腎保護効果は確実
- 実臨床でもRCTと同等の効果
- CKDステージ3~4での効果が明確
- 治療ギャップが存在
- 全体使用率は61.1%にとどまる
- 国・人種・性別による格差が顕著
- 改善の余地は大きい
- 適切な患者選択
- 早期介入
- 併用療法の推進
- 格差の是正
CKD患者のアウトカム改善には、GDMTの適時開始が不可欠です。
この研究結果を実臨床に活かし、より多くのCKD患者が適切なGDMTを受けられる医療環境を整備していくことが、我々医療従事者に課せられた責務です。

Nephrol Dial Transplant. 2025 Sep 16:gfaf175.