HFrEF患者におけるSGLT2阻害薬治療の初期eGFR低下と予後の関連



PubMed URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35711093/       

タイトル:Early changes in estimated glomerular filtration rate post-initiation of empagliflozin in EMPEROR-Reduced

<概要(意訳)>

背景:

SGLT2阻害薬は、2型糖尿病(T2D)、慢性腎臓病(CKD)、駆出率が低下した心不全(HFrEF)の患者において、主要な心血管イベント、特に心不全による入院を減少させ、腎臓の転帰を改善する。

さらに、HFrEFでは、SGLT2iを1~2年間投与すると、推定糸球体濾過量(eGFR)の低下速度がプラセボと比較して遅くなり、投与開始後4週目からのeGFRの勾配の差で評価される。

しかし、SGLT2阻害薬は、糸球体内圧の急性低下に起因すると思われるイニシャルディップ(初期のeGFR低下)を誘発する可能性がある。

腎臓におけるSGLT2阻害薬の作用については、生物学的にある程度理解されているものの、特に血行動態のメカニズムはかなり複雑である。

臨床医は、SGLT2阻害薬の投与開始後に、イニシャルディップ(初期のeGFR低下)を認めると不安を感じ、リスク回避のために治療を中止したり差し控えたりしたくなるかもしれません。

このような行動は、臨床医がレニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系阻害薬の投与開始後早期にeGFRの低下に直面したときにもよく見られる。

EMPA-REG OUTCOME試験およびCREDENCE試験に登録されたT2D患者において、プラセボと比較したエンパグリフロジンおよびカナグリフロジンの臨床的有用性は、それぞれ、イニシャルディップによる影響を受けなかった。

DAPA-HF試験に登録されたHFrEF患者において、ダパグリフロジン投与開始後のeGFR低下は平均的に小さく、ダパグリフロジンに無作為に割り付けられた患者では転帰の改善と関連していたが、プラセボに無作為に割り付けられた患者では関連していなかった。

イニシャルディップの影響は、T2DとHFrEFでは異なる可能性があり、後者は体液量や腎機能の急激な変化の影響を受けやすい可能性がある。

本研究では、EMPEROR-Reduced試験に登録されたHFrEF患者において、治療開始後のイニシャルディップ(初期のeGFR変化)、特徴、決定因子、予後的意義を明らかにすることを目的とした。

方法

EMPEROR-Reduced試験は無作為化、二重盲検、並行群間、プラセボ対照、イベント駆動型の試験であり、そのデザインについては既に述べた。

対象は、左室駆出率40%以下の慢性心不全(NYHAクラス II~IV)で、心不全の治療を受けている男性または女性であった。

左室駆出率30%以下の患者は、12ヵ月以内に心不全で入院しているか、NT-proBNPの値が著しく上昇していること(LVEF 31〜35%の場合は1000pg/ml以上、36〜40%の場合は2500pg/ml以上)を条件として優先的に登録された。

これらの閾値は、心房細動の患者では2倍であった。

20ヵ国520施設の倫理委員会がプロトコールを承認し、全患者が文書によるインフォームド・コンセントを行った。

患者は、通常の治療に加えて、プラセボまたはエンパグリフロジン10mgを1日1回投与する群に二重盲検法で1:1の割合で無作為に割り付けられた。

患者は、主要アウトカム、心不全に関連する症状および機能的能力、開始時、バイタルサイン、バイオマーカー(eGFRを含む)、有害事象について、試験来院時に定期的に評価された。

無作為化された全患者は、試験の全期間にわたり、試験参加者が試験薬を服用しているか、試験来院スケジュールを遵守しているかに関わらず、事前に規定された転帰の発生について追跡された。

合計3,730例の患者が組み入れられ、中央値16ヵ月の追跡が行われた。

主要エンドポイントは、心血管死または心不全による入院(HHF)の複合で、最初のイベント発生までの時間として解析された。

心血管死、全死亡、腎複合エンドポイント[慢性透析または腎移植の必要性、40%以上の持続的eGFR低下、eGFR<15ml/分/1.73m(ベースラインeGFRが30ml/分/1.73m以上の場合)または<10ml/分/1.73m(ベースラインeGFRが30ml/分/1.73m未満の場合)の持続)]についても解析した。

本解析で事前に規定された安全性の評価は、特別に関心のある有害事象(急性腎障害、急性腎不全)に焦点を当てており、MedDRAに従って定義されました。

結果:

<eGFRの初期変化とベースライン特性との関連>

無作為化から4週目までのeGFRの変化は、両群で発生し、エンパグリフロジン群ではプラセボ群と比較して平均-2.5(95%CI-3.1~-1.9 ml/min/1.73m2)のeGFR低下が認められた(図1)。

無作為化から4週目までのeGFR変化に対するエンパグリフロジンの効果を修飾したベースライン共変量は、「ベースライン時の血圧と過去12ヵ月間のHHF既往歴」であった(図2)。

「ベースライン時の血圧が高く、過去12ヵ月間にHHFの既往がない患者」は、「血圧が低く、HHFの既往がある患者」と比較して、無作為化から4週目までの平均eGFR減少がそれぞれ大きかった。

残りのベースライン特性は、エンパグリフロジンとeGFRの初期変化の関連を有意に修飾しなかった。

無作為化から4週目のeGFR変化率(平均±標準誤差)は、エンパグリフロジンで-4.9±0.4%、プラセボで-0.8±0.4%であった(オンライン補足図S1)。

Eur J Heart Fail. 2022 Oct;24(10):1829-1839.

エンパグリフロジンの投与開始後初期におけるeGFR変化率の三分位数は、T1(Tertile 1)≦-11.4%、T2(Tertile 2)-11.4%~-1.0%、T3(Tertile 3)≧0.0%であった。

プラセボ群では、T1≦-6.5%、T2 -6.4%~+3.6%、T3≧+3.6%であった。

三分位数ごとの平均eGFR変化率は、エンパグリフロジンでは-20.8±0.3%(T1)、-6.0±0.1%(T2)、11.5±0.7%(T3)、プラセボでは-16.1±0.4%(T1)、-1.3±0.1%(T2)、15.2±0.6%(T3)であった。

T1に対応する血清クレアチニンの増加は(平均±標準偏差)比較的小さかった。

エンパグリフロジン群では+0.29±0.21mg/dl、プラセボ群では+0.22±0.21mg/dlであった(オンライン補足図S2)。

エンパグリフロジン群とプラセボ群におけるeGFR変化率の3分位群間の患者特性をオンライン補足表S1に示す。

<4週目(イニシャルディップ)以降のeGFR推移>

4週目において、エンパグリフロジン投与患者のeGFR変化は-3.5(95%CI-3.9~-3.1)であったのに対し、プラセボ投与患者では-1.0(95%CI-1.4~-0.6)であった(図3A、左パネル)。

試験終了時に治療中止後のeGFR値が入手可能な患者のサブセットでは、エンパグリフロジン治療患者のeGFRは上昇したが、プラセボ治療患者の最後の「治療中」値と同程度であった(図3A、右パネル)。

エンパグリフロジン投与患者では、4週目にeGFRが最も大きく減少した患者(T1:≦-11.4%変化)では、フォローアップ期間中(4W~124W)にeGFRは上昇したが、4週目にeGFRが上昇した患者(T3:≧0.0%変化)では、フォローアップ期間中にeGFRは低下し、eGFRが緩やかに減少した患者(T2:-11.4%~-1.0%変化)の患者では安定していた。

これは「平均への回帰」現象を示唆しています(図3B、左パネル)。

治療中止後(LVOT~Follow up)、全ての三分位群でeGFRが増加しました(図3B、右パネル)。

プラセボ投与患者では、4週間目にeGFRが最も大きく減少した患者(T1:≦-6.5%変化)では、52週間までeGFRはわずかに回復し、その後、低下した。

他の2つの三分位数では、eGFRはフォローアップ期間中に連続して低下した(図3C、左パネル)。

プラセボ中止後、全ての三分位群でeGFRは安定していた(図3C、右パネル)。

Eur J Heart Fail. 2022 Oct;24(10):1829-1839.

<eGFRの変化率とその後の心疾患、腎疾患、死亡転帰との関連>

エンパグリフロジン群では、eGFRが最も低下した患者(T1:≦11.4%変化)は、eGFRが増加した患者(T3:≧0.0%変化)と比較して、心血管死またはHHF、心血管死、全死亡、および腎複合アウトカムのリスクが同等であった。

エンパグリフロジンでeGFRが緩やかに減少した患者(T2:≧11.4%~≦1.0%変化)は、eGFRが増加した患者(T3:≧0.0%変化)と比較して、心血管死またはHHFのリスクが低く、残りの転帰のリスクは同等であった(図4A)。

プラセボ群では、eGFRが最も低下した患者(T1:≦6.5%変化)は、eGFRが増加した患者(T3:≧+3.6%変化)と比較して、腎複合アウトカム(HR 2.38、95%CI 1.25-4.55)および全死亡(HR 1.37、95%CI 1.01-1.85)のリスクが高かった。

心血管死またはHHFと心血管死のリスクは3分位群間で同様であった(図4B)。

Eur J Heart Fail. 2022 Oct;24(10):1829-1839.

エンパグリフロジンとプラセボの効果をeGFR変化率で比較すると、エンパグリフロジンはeGFR変化率の全域で、ほとんどの患者において「主要アウトカム」のリスクを減少させた(図5A)。

eGFRが減少した患者は、eGFRが増加した患者よりもエンパグリフロジンによる治療からより大きなベネフィットを享受しているようであった(交互p値=0.082)。

主要アウトカムと同様の傾向が「複合腎エンドポイント」でも観察された(図5D)。

「心血管死」および「全死亡」に対するエンパグリフロジンの効果は、試験全体と同様に、eGFR変化率の全域(図5B,C)で一貫しており、中立であった。

Eur J Heart Fail. 2022 Oct;24(10):1829-1839.

エンパグリフロジン群では、249例の患者が20%以上のeGFR低下を経験し、そのうち45例(18.1%)が主要転帰イベントを経験した。

プラセボ群では、132例の患者が20%以上のeGFR低下を経験し、そのうち28例(21.2%)が主要転帰イベントを経験した。

その後の主要転帰イベントのリスクは、eGFRが20%以上低下した患者とそうでない患者で同程度であり、エンパグリフロジン群とプラセボ群で有意差はなかった(交互p値=0.64)(図6)。

エンパグリフロジン群では、76例の患者が30%以上のeGFR低下を経験し、そのうち20例(26.3%)が主要転帰イベントを経験した。

プラセボ群では、45例の患者が30%以上のeGFR低下を経験し、そのうち11例(24.4%)が主要転帰イベントを経験した。

その後の主要転帰イベントのリスクは、eGFRが30%以上低下した患者とそうでない患者で同程度であり、エンパグリフロジン群とプラセボ群で有意差はなかった(交互p値=0.50)(図6)。

Eur J Heart Fail. 2022 Oct;24(10):1829-1839.

<各治療群におけるeGFRの変化率と安全性との関連性>

エンパグリフロジン群では、eGFRが上昇した患者(T3:≧0.0%変化)と比較して、eGFRが最も低下した患者(T1:≦11.4%変化)は、急性腎障害及び急性腎不全のリスクが同程度であった(図7A)。

プラセボ群では、eGFRが上昇した患者(T3:≧+3.6%の変化)と比較して、eGFRが最も低下した患者(T1:≦-6.5%の変化)では、急性腎不全のリスクが高かった[HR 1.58(95%CI 1.08-2.32)]。

急性腎不全のリスクは3分位群間で統計学的な差はなかった(図7B)。

Eur J Heart Fail. 2022 Oct;24(10):1829-1839.

考察:

我々の研究は、EMPEROR-Reduced試験に登録されたHFrEF患者において、治療開始後における初期のeGFR低下(イニシャルディップ)は一般的であり、可逆的であることを示している。

しかし、エンパグリフロジン投与開始後のeGFR低下はプラセボ投与開始後よりも軽度のeGFR減少(平均で−2.5 ml/min)を経験する患者が多かった。

初期のeGFR低下は、プラセボ群で発生した場合のみ、その後の腎複合アウトカムおよび全死亡のリスクが高まることと関連していたが、エンパグリフロジンにはその関連はなかった。

エンパグリフロジン投与開始後における初期のeGFR低下は、患者からエンパグリフロジン治療のベネフィットを奪うものではなかった。

これらの知見は、DAPA-HF試験の知見と一致している。

両試験ともに、SGLT2阻害薬による大幅なeGFRの低下はまれでした。

これらの結果は、SGLT2阻害薬による治療開始後のeGFR変化の影響について臨床医に下記の情報を提供します。

SGLT2阻害薬による治療後のイニシャルディップによるeGFR低下は通常軽度(ベースラインからの変化率は平均5%未満)であり、SGLT2阻害薬治療のベネフィットを患者から奪うものではない為、イニシャルディップのみを理由に治療を中止したり差し控えたりすべきではないことを強調している。

正常な状態では、SGLT2(SGLT1の影響は少ない)は、腎臓の近位尿細管でのグルコース、塩化物、ナトリウムの再吸収を誘導する。

グルコース、塩化物、ナトリウム、体液の再吸収が過剰な状況(CKDや糖尿病など)では、尿細管-糸球体のフィードバック(TGF)機構がeGFRを上昇(輸入細動脈を拡張)させ、グルコース、ナトリウム、体液排泄の回復を促進する。

しかし、これがHFrEF患者に対しても当てはまるかどうかは現在のところ不明である。

これらの代償機序は尿細管の肥大、濾過過多、より高い酸素需要をもたらし、特に糖尿病やCKDを有する患者(EMPEROR-Reduced患者の75%近くを占める)において、炎症、線維化、腎機能障害を促進する。

さらに、心不全で過剰に増幅される炎症、炎症性サイトカイン、酸化ストレスも腎機能障害に関与している可能性がある。

SGLT2阻害薬による治療は、急速な濾過亢進の回復により、治療開始後数週間以内にeGFRがわずかに低下するのに加え、これらの有害なメカニズムを逆転させる可能性がある。

尿細管ストレスと濾過亢進が緩和されると、酸素要求量と活性酸素種がさらに減少し、続いて炎症と線維化が抑制され、最終的には最初の低下後のeGFRの安定化につながる。

つまり、SGLT2阻害薬の投与開始後早期のeGFR低下は、構造的なものではなく、血液動態的なものである可能性が高く、これは「尿細管仮説」と一致する。

したがって、この結果は、治療開始後4~8週間以内にeGFRを再評価する臨床医はeGFRのわずかな低下を観察することを予期すべきであり、それによって患者がエンパグリフロジン治療から得られるベネフィットを奪われるわけではないことを再確認すべきであることを強く示唆している。

本研究でみられたように、エンパグリフロジンによるeGFRの低下は、高血圧患者や心不全で入院経験のない患者においてより顕著であった(おそらく、心不全患者ではナトリウム排泄を増加させる利尿剤の静脈内投与を受けていたためであろう)。

これらの患者ではナトリウムの吸収が高いため、ナトリウムの排泄が増加したのではないかと推測される。

レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)阻害薬の投与開始後にもイニシャルディップ(eGFRの初期低下)が起こることがある。

HFrEFにおける有用性が証明されているにも関わらず、しばしば臨床医はRAAS阻害薬の投与をこれにより差し控えたり中止したりする。

eGFRが30%以上低下した場合にのみ、より多くの有害事象が観察され、RAAS阻害薬の用量調節や中止が正当化される(必要となる)。

興味深いことに、我々の解析では、RAAS阻害薬はエンパグリフロジン治療開始後のeGFR変化を修飾せず、両方の治療でeGFRの減少が>30%になることはまれであった。

RAAS阻害薬では、薬剤の増量の可能性を評価するために、投与開始後早期にeGFRを再チェックする必要があるが、SGLT2阻害薬では増量が必要ないため、この必要はない。

我々の結果は、SGLT2阻害薬の投与開始後のeGFR変化は血行力学的なものであり、予後には影響しないことを示唆している。

従って、イニシャルディップは予想されるものであり、臨床医が治療を差し控えたり中止したりする理由にはならない。

SGLT2阻害薬の投与開始後1ヵ月以内にeGFRをルーチンにモニタリングすることは推奨されず、この判断は担当医の裁量に委ねられるべきである。

結論:

エンパグリフロジンの投与開始後には、軽度のeGFR低下は予想されるが、それは有害な心不全、死亡率、腎臓の安全性イベントとは関連しない。

臨床医は、エンパグリフロジンの投与開始後のイニシャルディップ(初期のeGFR変化)を心配する必要はないだろう。

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