PubMed URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35197338/
タイトル:Analysis of eGFR index category and annual eGFR slope association with adverse clinical outcomes using real-world Japanese data: a retrospective database study
<概要(意訳)>
序論:
腎機能の重要な指標である推定糸球体濾過量(eGFR)の低下は、患者の予後に重大な影響を及ぼします。
特に、eGFRが基準値を下回る腎機能障害では、全死亡、心血管死、末期腎不全などの深刻な健康上の問題が増加することが、数多くの研究で実証されています。
腎機能が徐々に低下し腎不全へと進行する過程において、GFRの低下は最も特徴的な臨床所見の一つです。
さらに、疫学研究の結果から、時間経過に伴うeGFRの低下(eGFR勾配)は、心血管疾患の発症、死亡リスクの上昇、および様々な腎臓関連の合併症と密接に関連していることが明らかになっています。
近年、eGFR勾配が腎臓関連の臨床転帰を予測する信頼性の高い代替指標となり得るという科学的根拠が蓄積されています。
しかしながら、この知見が臨床試験に広く活用されるまでには至っていないのが現状です。
この状況を改善するため、2018年に米国腎臓財団は米国食品医薬品局(FDA)および欧州医薬品庁(EMA)と共同で科学ワークショップを開催しました。
この取り組みを契機として、臨床試験におけるeGFR勾配の活用は着実に進展しています。
ワークショップでは、特定の条件下において、GFR勾配が慢性腎臓病(CKD)の進行を評価する代替指標として十分な科学的基準を満たすという重要な結論が導き出されました。
ただし現時点では、規制当局によるeGFR勾配の代替指標としての承認は稀少な腎臓病に限定されており、より広範な適用には依然として課題が残されています。
近年、複数の国際的な研究により、腎機能の指標であるeGFR勾配の低下が、重要な健康リスクと密接に関連していることが明らかになってきました。
特に、2型糖尿病患者を対象とした多国間無作為化比較試験の事後解析では、eGFR勾配の低下が主要な腎イベント、心血管イベント、全死亡などの複合的な健康リスクを有意に増加させることが示されました。
日本人を対象とした研究においても、eGFR勾配の低下と腎臓関連の有害転帰との関連が確認されています。
しかしながら、日本人集団におけるeGFR勾配の臨床的意義については、いくつかの重要な課題が残されています。
カナダやベルギーなどと比較して、日本人におけるeGFR勾配(正常値以上および以下の範囲を含む)と心血管リスク・入院リスクとの関連を裏付けるエビデンスが不足しています。
特に正常値以上のeGFRと臨床転帰との関連については、十分な研究データがありません。
従来の心腎転帰試験では、2型糖尿病の有無にかかわらず、正常値以上のeGFR患者を除外し、主にタンパク尿を伴う正常~低eGFR範囲の高リスク群に焦点を当てていました。
現在の臨床現場では、以下の点が大きな課題となっています。
様々な併存疾患を持つ患者における腎機能全範囲での臨床転帰とeGFR(絶対値および勾配)との関係を示す包括的なデータが存在しません。
正常値以上のeGFR範囲や上昇傾向を示すeGFR勾配を持つ日本人患者の予後に関する知見が極めて限られています。
電子カルテ上でeGFRデータが利用可能であるにもかかわらず、心血管および腎臓の有害転帰リスクの評価にeGFR勾配が体系的に活用されていません。
これらの課題に対応するため、私たちは日本のMedical Data Vision(MDV)データベースを用いて、eGFRデータと臨床転帰リスクとの関連性を包括的に評価する研究を実施しました。
この研究により、既存のeGFRデータが日本人患者の有害転帰リスクの層別化に有用であるかを検証することを目指しました。
方法:
本研究は、日本最大規模の診療情報データベースであるMedical Data Vision(MDV)を用いた後ろ向き観察コホート研究として実施しました。
MDVデータベースは、診断群分類別包括評価(DPC)制度に基づく匿名化された診療情報を収集・管理しています。
2020年9月時点での本データベースの特徴は、以下の通りです。
– 対象医療機関:全国423の急性期病院(日本の急性期病院の約24%に相当)
– 収録患者数:約3,300万人(入院・外来患者)
– 収録情報:患者背景、診断名、診療内容、医療費、処方内容など
– データ構成:外来診療データが80%以上を占める
– 代表性:年齢・性別分布が日本の医療機関受診者の分布と同様の傾向
対象患者の選択基準は、以下の通りです。
– 16歳以上
– eGFR測定値が3回以上存在
– 最新のeGFR値が2013年1月1日から2016年12月31日の期間内
研究期間の設定は、以下の通りです。
– 全体期間:2012年1月1日~2019年8月31日
– ベースライン期間:インデックス日の1年前
– フォローアップ期間:インデックス日から最終観察日まで
eGFRに関する定義は、以下の通りです。
– インデックスeGFR:選択期間内の最終測定値
– eGFR勾配:選択期間中の測定値から算出
– 観察開始時期:最終eGFR測定(インデックス日)直後
BMJ Open. 2022 Feb 23;12(2):e052246.
<臨床転帰の発生状況>
全対象者57,452例中、28,288例(49.2%)で以下のイベントが発生しました:
- 全ての原因による入院:15,103例(53.4%)
- 心血管イベント:8,927例(31.6%)
- 全死亡:2,320例(8.2%)
- 心血管死:1,411例(5.0%)
- 腎臓イベント:527例(1.9%)
<eGFR勾配と臨床転帰の関連>
- eGFR低下群における転帰リスク(完全モデル)
– 急速低下群で以下の有意なリスク上昇を認めました:
– 全死亡:2.8倍(95%CI: 1.9-4.2)
– 心血管死:2.6倍(95%CI: 1.6-4.3)
– 全ての原因による入院:1.8倍(95%CI: 1.5-2.1)
– 心血管イベント:1.8倍(95%CI: 1.4-2.2)
– 腎臓イベント:全低下群で増加傾向(急速低下群では非有意)
- eGFR上昇群における転帰リスク
– 粗モデルと多変量モデルでは有意なリスク上昇
– 完全モデルでは上昇傾向のみ(統計学的有意差なし)
※すべてのハザード比は基準群との比較、p<0.01で有意
BMJ Open. 2022 Feb 23;12(2):e052246.
<eGFRレベルと臨床転帰リスクの関連性>
(重度腎機能低下群の臨床転帰)
腎機能が著しく低下した患者群(eGFR <15 mL/min/1.73 m²)では、正常範囲群(eGFR ≥60から<90)と比較して、以下の重要な健康リスクが有意に上昇しました:
– 心血管系への影響
– 心血管イベント発症:3.2倍増加(95%CI: 2.8-3.6)
– 心血管死亡:2.9倍増加(95%CI: 2.2-3.9)
– 全般的な健康への影響
– 全ての原因による入院:2.3倍増加(95%CI: 2.0-2.6)
– 全死亡:2.7倍増加(95%CI: 2.1-3.5)
(高eGFR群の臨床転帰)
興味深いことに、腎機能が著しく高値を示す患者群(eGFR ≥120から≤200)においても、多変量解析の結果、同様の健康リスク上昇が確認されました:
– 心血管系への影響
– 心血管イベント発症:1.9倍増加(95%CI: 1.6-2.2)
– 心血管死亡:2.6倍増加(95%CI: 2.0-3.5)
– 全般的な健康への影響
– 全ての原因による入院:2.2倍増加(95%CI: 2.0-2.4)
– 全死亡:2.9倍増加(95%CI: 2.4-3.6)
<腎機能と腎臓イベントの関係>
特筆すべき点として、腎機能低下群では腎臓イベントの発生リスクが劇的に上昇しました:
– 重度低下群(<15):204.0倍増加(95%CI: 151.0-276.0)
– 中等度低下群(15-30):37.1倍増加(95%CI: 27.5-50.1)
一方、正常値以上の群では腎臓イベントのリスク上昇は認められませんでした。
BMJ Open. 2022 Feb 23;12(2):e052246.
<eGFR変化の臨床的意義>
腎機能の改善に伴うリスク低減効果として:
– eGFR 1単位(mL/min/1.73 m²)の上昇ごとに
– 心血管イベント:約1%リスク減少
– 腎臓イベント:約8%リスク減少
することが判明しました。
<eGFRの動態と相互作用の影響>
(感度分析による新知見)
共変量調整後の解析により、eGFR上昇群における腎臓イベントリスクの評価が大きく変化しました:
– 軽度上昇群(>1から≤3)
– 調整前:非有意(HR: 0.7, 95%CI: 0.5-1.0)
– 調整後:有意なリスク上昇(HR: 1.6, 95%CI: 1.1-2.5)
– 急速上昇群(>3)
– 調整前:非有意(HR: 1.0, 95%CI: 0.6-1.7)
– 調整後:顕著なリスク上昇(HR: 3.6, 95%CI: 2.2-5.9)
(完全モデルによる解析結果)
eGFR勾配とインデックスeGFRの相互作用を考慮した完全モデルでは:
– 腎臓イベントにおけるeGFR上昇群のリスク評価が逆転
– カテゴリー5(>1から≤3)での変化
– 多変量モデル:リスク上昇(HR: 1.6, 95%CI: 1.1-2.5)
– 完全モデル:リスク低下(HR: 0.2, 95%CI: 0.0-0.6)
この結果は、eGFRの変化パターンとベースライン値の組み合わせが、臨床転帰の予測に重要な役割を果たすことを示唆しています。
<2型糖尿病と腫瘍の有無によるサブグループ解析>
(研究対象の基本特性)
本研究の対象集団(n=57,452)のうち、ベースライン時に以下の患者が含まれました:
-2型糖尿病(T2D)患者:21,817例(38%)
-腫瘍既往患者:24,980例(43%)
オンライン補足表1は、T2DM患者と非T2DM患者、および腫瘍既往患者とない腫瘍非既往患者のサブグループにおけるベースライン時の人口統計学的特性を示している。
特筆すべき点として、T2Dありで腫瘍なしのサブグループと比較すると、T2Dありで腫瘍ありのサブグループでは、以下の特徴が認められました:
– 併存疾患(高脂血症、高血圧、心血管疾患)の高い保有率
さらに、T2Dなしで腫瘍ありのサブグループと比較すると、T2Dありで腫瘍なしのサブグループでは、以下の特徴が認められました:
– 心血管系治療薬(降圧薬、抗血小板薬、Ca拮抗薬、RAA系阻害薬)の高い使用率
<腎機能低下と臨床転帰の関連性>
カテゴリー2~6(eGFRの傾き:≦-5、>-5~≦-3、>-3~≦-1、>1~≦3、>3)は、カテゴリー1(傾き>-1~≦1)を基準として、転帰別に分析しました:
(T2Dありで腫瘍なし群における特徴)
eGFR低下群では、基準群と比較して腎臓イベントリスクが有意に上昇:
T2Dあり群:
– 急速低下(≤-5 mL/min/1.73 m²/年):2.1倍増加(95%CI: 1.1-4.3)
– 中等度低下(>-5~≤-3):2.6倍増加(95%CI: 1.3-5.2)
腫瘍なし群:
– 急速低下:2.3倍増加(95%CI: 1.3-4.2)
– 中等度低下:3.1倍増加(95%CI: 1.7-5.6)
(T2Dなしで腫瘍あり群における特徴)
急速なeGFR低下群では、基準群と比較して以下の特徴が観察されました:
– 腎臓イベントリスクの低下傾向
– T2Dなし群:0.9倍(95%CI: 0.4-1.8)
– 腫瘍あり群:0.5倍(95%CI: 0.2-1.3)
– 全死亡リスクの顕著な増加
– T2Dなし群:3.4倍増加(95%CI: 2.0-5.9)
– 腫瘍あり群:3.4倍増加(95%CI: 2.1-5.6)
(eGFR上昇と臨床転帰の関連性)
急速なeGFR上昇群における全死亡リスク:
– リスク増加群:
– T2Dなし群:2.4倍増加(95%CI: 1.3-4.3)
– 腫瘍あり群:1.8倍増加(95%CI: 1.1-3.2)
– リスク低下傾向群:
– T2Dあり群:0.7倍(95%CI: 0.4-1.5)
– 腫瘍なし群:0.9倍(95%CI: 0.4-2.1)
これらの結果は、患者背景(T2Dや腫瘍の有無)によってeGFR変化が臨床転帰に与える影響が大きく異なることを示唆しており、個々の患者特性に応じたリスク評価の重要性を示しています。
BMJ Open. 2022 Feb 23;12(2):e052246.
考察:
本邦における大規模コホート観察研究から、腎機能指標であるeGFRと臨床転帰との関連について、以下の重要な知見が得られました:
- eGFRの変動と臨床転帰
– eGFRの低下勾配のみならず、上昇勾配も臨床転帰の悪化と関連する可能性が示唆されました
– 特に、eGFR値が正常範囲を超えて低下または上昇した場合、有害な臨床転帰のリスクが増加することが明らかになりました
- 臨床転帰への影響
– 死亡、入院、心血管イベントのリスクは、eGFRが正常値から逸脱(低値・高値とも)した場合に上昇
– 腎臓関連イベントのリスクは、eGFRが正常値以下の場合にのみ上昇
本研究ではeGFRの複雑な臨床的意義が明らかになりました:
- インデックスeGFRとeGFR勾配の相互作用
– eGFR上昇群:高いインデックス値で腎臓イベントリスクが3-4%増加
– eGFR低下群:高いインデックス値で腎臓イベントリスクが減少
- 臨床的示唆
– eGFR勾配は患者のリスク層別化に有用な指標となる可能性
– eGFRの上昇は必ずしも腎機能の改善を意味せず、慎重な解釈が必要
研究の強み
- データの質と規模
– 実臨床環境下での大規模eGFRデータ
– 幅広い患者層を包含
– 複数の統計モデルによる解析
- 臨床的有用性
– 現代の日本人患者集団を反映
– 信頼性の高い臨床推奨の基盤となりうる知見
研究の限界
- データソースに関する制約
– MDVデータベースに基づく結果の一般化可能性
– がん患者の過剰な含有
– 選択バイアスの可能性
- データ収集上の制約
– 生活習慣因子(喫煙、運動等)の欠如
– 社会経済的要因の未考慮
– 心血管系検査データの不足
- 方法論的制約
– 診断・処置コードによる転帰定義
– AKI症例の過小評価
– 入院死亡データのみに基づく解析
結論:
本研究により、eGFR勾配が日本人患者における有害転帰リスクの予測に有用である可能性が示されました。
この知見は、腎機能モニタリングにおける新たな視点を提供し、より効果的な患者管理につながる可能性があります。
【参考情報】
J-CKD-Database